PaPaBeRuのパンの16。
2018年05月26日
今朝7時のパパベル太田店。
メープルメロンパン。
もっちりさつま。
牛肉ゴロゴロカレーパンがちょうど一つだけ残っていて、
代わりにオニオンチーズパンと、
パパベルピザにしました。






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21:07
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栃木の日光の1。日光杉並木と日光駅舎。
2018年05月22日
長久保、押上から塩谷町を通って国道461号線、鬼怒川を渡って、
日光北街道、七本桜交差点を右折、杉並木がしばらく続きます。
東武鉄道東武日光線の東武日光駅を見てターン。
ついでにJR日光線の終着駅、日光駅へ。
駅前の建物が変に欧風で統一されています。
ネオ・ルネサンス様式のハーフティンバー木造二階建て。
二階は旧一等車利用者用待合室「ホワイトルーム」。
国鉄時代、スタンプを押しにわざわざ寄ってもらったものです。
当時は松本駅、高崎駅、前橋駅など木造駅舎がまだポツポツあり、
そんなに貴重に思わなかったけど、
いまとなっては貴重な建物になってしまいました。










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20:55
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栃木のさくら市の2。喜連川から氏家。
2018年05月21日
喜連川城のふもと、旧喜連川役場付近は古い建物が残っています。
かぶらぎ時計店や、奥にある大正館。
旧喜連川興業銀行の本店。今は喜連川の情報館「和い話い広場」。
早乙女の桜並木を通って氏家方面へ。むかしこの並木を通って、
氏家から時々喜連川にマンガを買いにきたりしていました。
国道293号線、桜野交差点を旧道氏家市街へ。のちターンして、
総合公園横を通り氏家中、上松山小、日東工器を抜けて、
国道4号線を少し南下、二本松交差点を長久保、押上方面へ。
長久保はもっと瑞々しく「となりのトトロ」に出てくる、
カンタの家の「本家」あたりみたいなイメージがあったのですが。。。
生け垣と小川がある、緑豊かな集落はどこだったんだろうかと。











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21:36
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きのうのうどん16。
2018年05月20日
南新町の綿谷。肉の温ぶっかけ。
その後、市美術館で、上村松園、菊池契月など「京の美人画100年の系譜」を観てきました。
開館直後で短大の学生でたいへん混雑していて、引率者か報道関係者と思われたらしく、カメラを持っていないのに、
手渡された撮影許可証を首からぶら下げたところで、私も「ちゃうちゃう」と勘違いに気がつきました。



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19:59
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今日のパーティ。
2018年05月19日
お祝い前菜取り合わせ。フォアグラ ソテー バルサミコ風味。
とこぶし和風煮。スモークサーモン オニオンケッパー↑。↓パン。
本日のクリームスープ。
新郎新婦、いちごのケーキ。
鯛ローストと魚のクネル添え。アメリケーヌソースとラタトウィユ。
牛フィレ肉のポアレ ボルトソース。季節の温野菜添え。
いっせいに放たれた風船。
季節のフルーツ。
コーヒー。
いちごのケーキもいただきました。
おめでとう。晴れて良かったですね。
ラムネをひとつもらって帰りました。












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18:57
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栃木のさくら市の1。喜連川城。
2018年05月18日
下仁田から栃木のさくら市まで帰り、喜連川温泉に泊まりました。
翌朝、山頂にあるお丸山公園へ。
喜連川城温泉という廃墟がありました。
露天風呂があれば、荒川などの眺望が良さそう。
山上の温泉タンク。ここから温泉旅館に湯を送っています。
温泉自動販売機もありました。使われていないけど。
広場の真ん中に足湯が。カラカラ浴場でした。
喜連川のスカイタワー。
東日本大震災以降は閉鎖されてしまっています。
ここはもともと平安時代末期、屋島の戦いなどで戦功があった、
塩谷五郎惟広が築いた城があり、当時の土塁などが残っています。
秀吉の時代に領主が室町幕府・足利氏の後裔、喜連川氏に代わり、
ふもとに喜連川陣屋が建てられ藩庁としていました。
さくら市の氏家方面や荒川が眼下に見え、眺望がいいです。














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20:47
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群馬の下仁田の5。下仁田駅。
2018年05月17日
スタンプ。そのもの。
本宿から下仁田の市街へ。
上信電鉄の終着駅、下仁田駅前にクルマを停めて。
駅舎の中へ。
改札側から入り口方向。
駅の西側は「レトロ通り」になっているそうです。
ホームに入ってみようかな。
硬券の入場券を買って。
上信電鉄の「上」は上州「信」は信州で、両県を結ぶ計画でした。
世界恐慌で鉄道の延伸は実現せず、下仁田駅がターミナル。
1969年製のデハ205。踊り子号にちょっと似たカラーリング。
150形電車と7000形電車。
7000形電車は「金井沢碑」、「多胡碑」、「山上碑」の、
「上野三碑」が「世界記憶遺産」に登録されたということで、
「悠久の時を超え世界が認めた1300年の記憶」として、
「上野三碑」をデザインしたラッピング電車になっていました。
折り返し運転で出発まで時間があったので、
車内に入ってみました。
ワンマンカーなのですね。
長居していたら6時をまわってしまいました。




















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20:40
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群馬の下仁田の4。おかた茶屋。
2018年05月16日
もつ煮込み定食。
下仁田こんにゃくのさしみ。
食べ終わったら、5時30分を過ぎていました。



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19:35
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群馬の下仁田の3。下仁田西中学校。
2018年05月15日
鏑川を渡って、今は廃校になっている下仁田西中へ行ってみました。
荒船の峰♬
映えわたる♪
巣立ちの春の 若みどり♬
眉白やかに♪
研修の♪
望はもえて 雲を呼ぶ♬
われら西中学の 願いはるかに ひとすじに♬
第一次田中角栄内閣(昭和47年)の文部大臣 稲葉修 筆









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20:07
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群馬の下仁田の2。お墓参り。
2018年05月14日
祖父の家から坂を上がったところに長楽寺があります。
お水を汲んで坂をさらに上がって、
遠くに戦国時代の悲話に綴られた物語山とメンベ岩。
掃除とお花にお焼香。南無釈迦無尼仏。。。
お墓参りが終わって境内に戻って来ました。
本堂前のシダレザクラ(エドヒガンザクラ)の開花はまだ。
帰る頃に、お住職の読経が聞こえてきました。







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20:43
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群馬の下仁田の1。本宿。
2018年05月13日
宇都宮の大谷資料館を見たあとは、東北自動車道に上がって、
北関東自動車道、関越自動車道を経由して、
上信越自動車道の下仁田ICで高速を降りて、
中山道の脇往還「姫街道」の宿場町、本宿へ。
宿場町ならではの古い家並が続きます。
古い文字の上から書いたのか、塗りつぶした白色が褪せたのか。
東海道とちがって中山道は埼玉、群馬、長野、岐阜、滋賀
それぞれに、往時を偲ばせるような宿場町が残っていて、
感心するのですが、ここ本宿も、学校の統廃合で、
小学校、中学校が廃校になっています。学校がなければ、
子どもがいる世帯はよほどのことがない限り住みません。
このような集落はこれからどうなっていくのでしょうか。
鏑川のほとりにある、鏑神社。
神事を行う舞台が併設されています。
本宿の家並の南側は鏑川に沿っていて、
街道沿いは二階建てに見えますが、崖屋と云って、
鏑川から見ると三階、四階建てなのがユニークで面白いです。
ちなみにうちの実家は(安心の)山側です
。


















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00:04
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栃木の宇都宮の11。旧篠原邸のあと。
2018年05月12日
田川を渡って、自転車を返却に東武宇都宮駅方面へ。
日曜日午前中の宇都宮は混雑していません。
二荒山神社で写真を撮ってから自転車を返却。
クルマで大谷に行きました。



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10:15
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栃木の宇都宮の10。旧篠原邸の2。
2018年05月11日
二階の階段。
ボンボン時計やテレビはさして珍しくないけれど、手前の箱には、
手動式電灯昇降機とあります。どのような仕組みなのか。
にかわ(だったかな)の結晶化を模様にしたガラスです。
当時の模様ガラスはこの製造法だったのでしょう。
別の階段を下りて、
母屋から倉の方へ。大谷石の壁面。
宇都宮空襲でよく残ったものです。
栃木から帰ったあとで知ったのですが宇都宮には、
アニメーション映画監督の宮崎駿が育った家が、
宇都宮市役所のすぐそばに、
やはり空襲を逃れて現存しているそうで、
知っていたら宇都宮城を見たときに寄れば良かったと、
あとになって思ったのでした。














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22:08
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こないだのうどん107。
2018年05月10日
善通寺のオハラうどん。ざるうどんと、おでん。
昭和のかやくうどん。
とり天。
釜揚げ卵かけ。
おすもうさんが好きらしいお店でした。





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19:38
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栃木の宇都宮の9。旧篠原邸の1。
2018年05月08日
篠原邸は宇都宮駅の北側、奥州街道、白沢街道の始点にあります。
明治28年(1895) に建てられた重厚な土壁の母屋。
宇都宮から氏家に帰るとき、クルマで横を通るので、
40年前から気にはなっていたのですが、
当時は個人のお住まいで、公開はしていませんでした。
平成8年2月26日に宇都宮市に寄贈され、
一般公開されるようになりました。
宇都宮も太平洋戦争当時、空襲にあいました。
このお屋敷は、醤油醸造蔵や米倉などの建物が
焼失してしまいましたが、
大谷石と銅板葺きの雨戸に守られた母屋と石倉は、
奇跡的に残り(防火対策がしっかりされていたといえます)、
明治時代の豪商の姿を今日に伝える、
貴重な建造物となっています。
二階への階段は二カ所あります。
お屋敷の模型。
もとは醤油醸造業や肥料商を営んでいたそうです。
大谷石で組んだ石倉3棟。つづきはまた今度。


















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20:10
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栃木の宇都宮の8。旧篠原家住宅へ。
2018年05月06日
東北不動尊、宇都宮城を見たあとは、
東へ。
田川沿いに自転車をこいで、
宇都宮駅方面へ。
40年前からあるセブンイレブン。
さらに北上すると。。。
国指定重要文化財の旧篠原家住宅。







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19:25
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栃木の宇都宮の7。東北不動尊。
2018年05月05日
宇都宮城の本丸の西にある謎のスポット、「東北不動尊」。
掛け軸を立体化したような???。伊藤博文が関係しているらしい。
楠公と彫られた石碑。「楠」の文字が欠けているのは何故。
ちなみに「東北」とは「旧満州の東北」のことだそうです。



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22:08
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栃木の宇都宮の6。宇都宮城。
2018年05月03日
本当は大谷の観音や資料館の前に、
宇都宮市内をポタリングして、
宇都宮城に行ったのが先だったのですが、
順番を間違ってしまいました。
宇都宮城は本丸の一部が復元されています。
本丸の北西部にあった二層の櫓「清明台」。
土塀も綺麗に復元。
バリアフリーを考慮してエレベーターを装備。
本丸の南西部に合った「富士見櫓」。
富士見櫓は中を見学できます。
宇都宮ぎょうざと一緒にしてはいけないかもしれないけど、
城好きの私が40年前にはまったくその存在を知らなかった。
土塁の中は資料館になっていて、
宇都宮氏の系図や、城郭模型など展示されています。
吊り天井伝説など、ボランティアの説明を聞きながらも、
土塁の内部構造が気になりました。
宇都宮城、恐るべし。
















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22:30
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栃木の宇都宮の5。大谷資料館。
2018年05月02日
平和観音からさらに奥に行くと、
大谷石の資料館があります。
あの山小屋は何のためのものだろう。
資料館の入り口付近は整備されていて、
パン、ピザなどの軽食が食べられるようになっていました。
深さ30m、広さ2万㎡にも及ぶ,
大谷石の地下採掘場跡。
電燈の明かりをたよりに下へ。ここは戦時中、中島飛行機の
宇都宮製作所城山機体工場の地下工場として使われていて、
陸軍の四式戦闘機「疾風」の機体組立や、
工作機械・熱処理部門の工場になっていたそうです。
この近くにはもう一つ中島飛行機武蔵製作所の地下工場があり、
大谷発動機工場では、疾風に装着されたエンジンである、
ハ-45(誉)18気筒エンジンの部品生産と組立が行われました。
今は照明やアートで飾られています。
戦前は手掘りでもっと高さが低かったかもしれません。
それにしても100Kgもあるこの石を背負って運んでいたなんて。

















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20:55
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栃木の宇都宮の4。大谷寺の平和観音。
2018年05月01日
市営の無料駐車場からしばらく歩いて。
大谷石の採掘場にある平和観音へ。
高さ27メートル(88尺8寸8分)の平和観音。
肩の近くまで上ることが出来ます。
平和観音は太平洋戦争の戦死戦没者の供養と、
世界平和を祈って彫刻されたそうで、昭和29年に完成しています。
向こう側に大谷寺の観音堂が見えます。
大谷石は、緑色凝灰岩という火山灰の堆積岩です。
両脇に採石のあと。
削った石の高さと比べると人がごまつぶのように見えます。










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21:37
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